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日本一「雪形」が多い岩木山
岩木山(おやま)と共にあった私たちの暮らし~

農作業の時期を知る「農事暦」だった雪形

「“苗とり爺”が現れたぞ」、「“下りウサギ”が跳ね始めたから、そろそろ田植えの時期だ」。これは、かつて、春の岩木山を眺めながら、田畑で交わされた会話。津軽の春の風物詩です。
雪に覆われ真っ白だった岩木山も、うららかな春の陽ざしとともに雪どけが進み、山肌がまだら模様になっていきます。雪国に住む人々は、古くから山肌と残雪が織りなす模様を動物や人の姿など身近なものに見立てて「雪形」と呼んでいました。
雪形が現れるのは、気温や地温が上がってきたサイン。今のように、科学や農業技術が発達していなかった時代、人々は雪形を見ながら種まきや田植えなど農作業の時期を決めたり、山菜採りや漁業、山仕事などの目安にしていたのです。
雪形は、当時の人々にとって、山が伝えてくれる貴重なメッセージであり、暮らしに欠かせない“農事暦”でした。

下りウサギ、ツバメ、サギの雪形

「雪形の棲む山」日本一と絶賛された岩木山

雪形は、北海道から中部地方にかけての積雪の多い地域でよく見られます。特に新潟県や長野県に多く、次いで東北地方で多く見られます。なかには、雪形の名前がそのまま地名や山の名称になったケースもあり、雪国に暮らす人々は古くから雪形に親しんできました。
ちなみに、雪形には「ネガ型」と「ポジ型」があります。ネガ型は、雪がとけた部分から山肌が一部黒く浮き上がって見える模様です。一方、ポジ型は、黒い山肌を背景として残雪が形作る模様です。春の初めは「ネガ型」が姿を現し、雪が少なくなり山肌の露出が多くなるにつれ、ポジ型が現れてきます。

江戸時代に津軽の地を旅した菅江真澄は、雑用集『錦木』(1807年)に「岩木山の残雪図」を記し、6体の雪形を紹介しています。
その後、時代は移り雪形の名を全国に広めたのが、山岳写真家・田淵行男(1905~1989)です。彼が撮ったシャープな描写のモノクロ写真は、山肌に浮かぶ雪形の美しさを印象的に際立たせ、人々を魅了しました。
彼は、著書『山の紋章 雪形』(学習研究社 1981年)のなかで、岩木山は、「雪形の棲む山」として文句なしに日本一だと絶賛しています。当時の調査では、雪形が見られる山は全国に130座以上あり、そのなかでも岩木山の雪形は24体で全国1位に挙げられています。

日本最多! 42体の雪形が確認されている岩木山

『山の紋章 雪形』が発行されると、全国で雪形調査会や雪形研究会が誕生し、雪形見学ツアーが開催されるなど、観光資源としても活用されるようになりました。岩木山の雪形も、その後、調査が進められ、さらに新しい雪形が確認されたといいます。
「岩木山で現在、確認されている雪形は42体。1つの山で見られる雪形の数では日本一です」と、語るのは岩木山観光協会の小山伸吉事務局長。「昔と今では気候も大きく変化し、農事暦としての役割は果たしていないかもしれませんが、同じ雪形でも見る角度や時期によっていろんなものに見えてくるので、自分で見つける楽しみがあります。岩木地区の保育園では、子どもたちが散歩中に岩木山を眺めて、キャラクターに似た雪形を見つけるなど自由な発想で楽しんでいますよ」と、語ります。
近年では、「岩木山にハートマークが出現!」と、ハート型の雪形の投稿がSNSで話題になったこともあり、自然が描き出すアートとして楽しんでいる人もいます。

ハートの雪形

岩木山を取り囲む津軽一円が観客席

岩木山に雪形が多くみられるのは、積雪量の多さと、雪形を形作るのにふさわしい適度な陰影と、彫刻に富んだ地形的な要因があるとされています。しかし、最も大きな理由は、単独峰で津軽一円から眺められ、岩木山を取り囲むようにそこに人々の暮らしの営みがあること。人々が心のよりどころとして朝な夕なに眺め、親しんできた特別な存在だったからかも知れません。
岩木山に対する深い感謝と畏敬の念、そして津軽人の柔軟で豊かな想像力が、山のキャンパスに多彩な造形をみいだしたともいえるのではないでしょうか。

岩木山周辺のさまざまなエリアから眺められる雪形ですが、せっかくなら春限定の絶景コラボレーションを楽しみたいもの。春のオススメは、岩木山山麓の標高200~450メートル地点に広がる「世界一の桜並木」。百沢~嶽エリアの県道沿いと支線の約20キロメートルには、約6,500本のオオヤマザクラが植えられており、晴れた日には岩木山の雪形と桜の絶景コラボレーションが楽しめます。オオヤマザクラは、花弁の色がソメイヨシノより濃いピンクで鮮やかなことから、青空をバックに桜と岩木山のコントラストがみごとで息をのむ美しさです。このほかにも、岩木山周辺には絶景スポットがたくさん。この春は、一期一会の“マイ雪形”を見つけにでかけてみませんか。

岩木山とオオヤマザクラ

引用・参考文献
『岩木山』品川弥千江 著 東奥日報社 発行
『津軽学』創刊号 論考「雪形日本一の岩木山」室谷洋司 津軽に学ぶ会 発行

写真提供、協力
岩木山観光協会